モスクワの味 ― 2014年02月02日 21:41
だいぶ前。うら哀しいCMソング覚えてますか?
「モスクワの味~。パルナス。パルナス。パルナ~ス}
今はなきパルナスといえばピロシキ。
皮はもちもちで少し塩味。スパイス少し。それと中身の具はひき肉、ゆで卵、たまねぎなど。
パルナスがなくなってからずっと食べたかった。
関西のファンは今でもいるはず。
パルナスで働いていた人が尼崎でお店をしていてピロシキも
つくっているとテレビでやっていましていつか行くぞ。
と思っていました。
木曜日。知り合いの年金記録が一部もれているのではないかという
依頼があり仕事で神戸の年金事務所へうまくいかなかったけど
もう一度調査して出直すつもり。
65年も前の職務経歴を探すには大変です。
1件は見つけたけどもう少し足りません。
さて、昼飯を食べてなかったので阪神 尼崎でおりて改札でたら
左へ駅舎の中に「モンパルナス」ありました。
ピロシキとコーヒーのセット500円で一息。パルナスのピロシキより
塩味やスパイシーさが足りませんが懐かしい味でした。
お土産もかって帰りました。つきに一度くらい梅田の百貨店で販売しているみたいです。お店のホームページを。。。
「モスクワの味~。パルナス。パルナス。パルナ~ス}
今はなきパルナスといえばピロシキ。
皮はもちもちで少し塩味。スパイス少し。それと中身の具はひき肉、ゆで卵、たまねぎなど。
パルナスがなくなってからずっと食べたかった。
関西のファンは今でもいるはず。
パルナスで働いていた人が尼崎でお店をしていてピロシキも
つくっているとテレビでやっていましていつか行くぞ。
と思っていました。
木曜日。知り合いの年金記録が一部もれているのではないかという
依頼があり仕事で神戸の年金事務所へうまくいかなかったけど
もう一度調査して出直すつもり。
65年も前の職務経歴を探すには大変です。
1件は見つけたけどもう少し足りません。
さて、昼飯を食べてなかったので阪神 尼崎でおりて改札でたら
左へ駅舎の中に「モンパルナス」ありました。
ピロシキとコーヒーのセット500円で一息。パルナスのピロシキより
塩味やスパイシーさが足りませんが懐かしい味でした。
お土産もかって帰りました。つきに一度くらい梅田の百貨店で販売しているみたいです。お店のホームページを。。。
映画 RUSH を見てきたよ ― 2014年02月20日 21:34
乗り物好きのわたし、自動車レースを見るのもすきです。
F1は日本で始まる前からスポーツニュースや雑誌でみてよく知って
いたほうです。
RUSHは偉大なレーサー ニキラウダとジェームスハントの1976年の
グランプリシーズンでの物語です。
いや見る前まではこんなに事実をもとに描ききっているとは思って
ませんでした。
若きF3レースの時代から始まった2人のドラマ。
フェラーリのシートをラウダがえた経緯。ハントがF1デビューしたのはヘスケス。しかし資金難でヘスケスが撤退するとようやくマクラーレンのシートをゲット。
そして運命の1976年シーズン。この年のフェラーリ312T、マクラーレンM23 からM26。シーズン途中からドライバー後部の高い位置にあったインダクションポッドが禁止されたのでヨーロッパランドからマシンの形が大きく変わった年でした。
ちなみに今までのマシンで一番好きなのがフェラーリの312です。
ミニカーも持っているし自作のラジコンボディも312風のカラーリングを入れています。
そうそう6輪車のティレルP34もコジマのKE007もこの年にデビューしています。
雨のスパフランコルシャンではニキラウダがクラッシュ。
タンクから漏れたガソリンで火だるまになり生死の境をさまよう。
このシーン実写のフィルムを何度もみた記憶があります。ニュースとかやっていましたよ。
映画で見ても当時を思い出し涙あふれる思いをしました。
そしてラウダの闘病生活。あのひきつった顔。
42日後ラウダは復活し最終戦で史上初日本で開催された富士グランプリに年間チャンピオンシップを掛けハントとの最終決戦。
これも日本で実際にあったレース。キャストの中には長谷見の名前も。
いろんなマシンが実写やCGで再現されていてその時代のテレビ中継を見ているみたい。
富士GPの時には「たいれる」とひらがなのマークが入っています。
レースシーン。
結果を知っているはずなのに手に汗を握ってしまいました。
ということで乗り物好きの皆さんぜひ見に行ってください。
久々に興奮した映画です。
F1は日本で始まる前からスポーツニュースや雑誌でみてよく知って
いたほうです。
RUSHは偉大なレーサー ニキラウダとジェームスハントの1976年の
グランプリシーズンでの物語です。
いや見る前まではこんなに事実をもとに描ききっているとは思って
ませんでした。
若きF3レースの時代から始まった2人のドラマ。
フェラーリのシートをラウダがえた経緯。ハントがF1デビューしたのはヘスケス。しかし資金難でヘスケスが撤退するとようやくマクラーレンのシートをゲット。
そして運命の1976年シーズン。この年のフェラーリ312T、マクラーレンM23 からM26。シーズン途中からドライバー後部の高い位置にあったインダクションポッドが禁止されたのでヨーロッパランドからマシンの形が大きく変わった年でした。
ちなみに今までのマシンで一番好きなのがフェラーリの312です。
ミニカーも持っているし自作のラジコンボディも312風のカラーリングを入れています。
そうそう6輪車のティレルP34もコジマのKE007もこの年にデビューしています。
雨のスパフランコルシャンではニキラウダがクラッシュ。
タンクから漏れたガソリンで火だるまになり生死の境をさまよう。
このシーン実写のフィルムを何度もみた記憶があります。ニュースとかやっていましたよ。
映画で見ても当時を思い出し涙あふれる思いをしました。
そしてラウダの闘病生活。あのひきつった顔。
42日後ラウダは復活し最終戦で史上初日本で開催された富士グランプリに年間チャンピオンシップを掛けハントとの最終決戦。
これも日本で実際にあったレース。キャストの中には長谷見の名前も。
いろんなマシンが実写やCGで再現されていてその時代のテレビ中継を見ているみたい。
富士GPの時には「たいれる」とひらがなのマークが入っています。
レースシーン。
結果を知っているはずなのに手に汗を握ってしまいました。
ということで乗り物好きの皆さんぜひ見に行ってください。
久々に興奮した映画です。
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